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大阪高等裁判所 昭和43年(う)1541号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人岡本徳、同横田静造および被告人両名それぞれ作成の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

弁護人岡本徳の控訴趣意第一、第二、弁護人横田静造、被告人〓金火、同株式会社大同貿易公司の各控訴趣意について

各論旨は、要するに、原判決は、その判示第一の(二)において被告人〓が被告会社の業務に関し、関税を逋脱したとの事実を認定したが、被告人〓は輸出入貨物の買付契約については社長として社員から相談を受け或いは指示したことがあつたかもしれないが、貨物の通関事務については全く関与していないのみならず、本件輸入貨物は農産物で規格の相異、天候による生産量の減少により相場が値上りする等のため、輸入後に値増し要求があることが多く、したがつて輸入申告の時点においては、台湾の輸出業者から送付を受けたインボイスは実際の契約価格を記載したもので虚偽のものではなく、ただ原判決添付の別表(二)の番号310については、輸入申告前に値増しのあつたものであるが、この場合でも税関に提出するインボイスは値増し分を加算した別のインボイスを提出する必要はなく、もとのインボイスを提出してそれに記載された価格に値増し分を加えた額で輸入申告すればよいのであるから、もとのインボイスを虚偽のものということはできない、結局、被告人〓は輸入申告の時点において虚偽のインボイスを提出したものではなく、詐欺その他不正の行為をもつて関税を免れる犯意はなかつたものであるから、原判決は事実を誤認し、法律の解釈を誤つた違法(但し、法律解釈の誤の主張は、弁護人岡本徳の論旨のみ)があるというのである。

しかし、原審で取り調べたすべての対応各証拠を総合すれば、原判示第一の(二)の関税逋脱の事実を認めるに十分である。すなわち、右証拠によれば、被告人〓は社員約二〇名の被告会社の代表取締役として、同会社の業務一切を統括していたものであるが、同会社の台湾向け低価輸出によつて生じた差額債権の回収と一部関税を免れることによる販売上の利点とから、台湾の貿易業者である一新商行等から竹皮、バナナ缶詰、龍眼缶詰、木耳、生姜、塩漬生姜等を輸入するに際し、実際の契約価格よりも低額の価格を記載した虚偽のインボイスを税関に提出して関税の査定を誤まらせ、差額相当の関税を免れようとして、原判示の期間に前後二九回にわたり、手紙や電話、電報により、金額を定めて買付契約をし、輸入に関する手続を整えたうえ、台湾での船積に際して一新商行らから電話等によつて実際の契約価格の連絡があり、右商行らにおいて実際の契約価格よりも低価格に記載した虚偽のインボイスを作成したうえ、その送付を受け、これを情を知らない東洋運輸株式会社等税関貨物取扱人を通じて神戸税関兵庫埠頭出張所等税関に対する輸入申告書に添付して提出し、原判示第一の(二)記載の輸入申告をして税関職員をして輸入価格及び関税の決定を誤らせ、同判示の申告価格に対する関税のみを納付してその都度輸入許可を受け、同判示の関税の支払を免れたことが認められるのであつて、右事実によれば、被告人〓は被告会社の業務に関し詐欺その他不正の行為により関税を免れたものというべきである。所論は、農産物については価格の変動があるため、輸入申告後に値増し要求があつて値増しされることが多かつたというが、前記対応各証拠、ことに被告人〓の検察官に対する昭和四〇年一二月二四日付、司法警察員に対する昭和三九年一一月一七日付各供述調書及び原審証人焦元金の証言によれば、値増し要求の激しい農産物は玉葱、絹さや、生筍等の生野菜についてであつて、被告会社はこれらの生野菜については委託販売形式をとり、L/C(信用状)に記載する必要上一応の価格をきめて輸入し、実際に販売してからその売値如何により一新商行との話し合いで最終的に価格をきめていたので、値増や値引が行なわれることがよくあつたが、本件のような竹皮、バナナ缶詰、龍眼缶詰、生姜、塩漬生姜等については船積前に実際の契約価格を電話等によつて取りきめ、一新商行がインボイスを作成する時は勿論、被告人〓が前記認定の如く神戸税関等で輸入申告をする際には実際の契約価格がわかつていたものであるから値増が行なわれることは殆んどなく、被告会社において値増の仕入票が作成され、帳簿上値増として貸方に記帳されているのは売値と輸入申告の価格の差額を利益として計上することが不都合である関係上、ほぼ仕入価格である実際の契約価格と申告価格との差額相当部分を値増として被告会社の係員をしてその旨の仕入票を作成させ、これを帳簿に記帳させたものであることが認められるから、右所論は採用しがたい。この点に関し、弁護人岡本徳はさらに、本件以外の玉葱について八件、竹皮について一件、それぞれ値引の事例があるから、その反面値上げの事実もあるであろうことは想像されるというけれども、玉葱は腐敗、品質の低下を招きやすい品物であるから、これについて値引が行なわれる場合が起りうることは容易に理解されるところであるが、当審証人浅田福一の証言によれば、通常、国際貿易にあつては、一旦契約をして輸入したのちに値増が行なわれることは殆んどないが、輸入品が契約のものよりも粗悪であるなどした場合には値引交渉が行なわれることが間々あることがうかがわれ、所論の竹皮の値引も被告会社からの値引交渉によつて値引されたものと考えられ、右値引の事例をもつて本件の場合にも合法な輸入申告後に正常な価格交渉によつて現実に値増がなされたものと推測することはできないから、右所論も採用しがたい。さらに弁護人岡本徳は、関税定率法四条三項に徴すると、虚偽のインボイスが提出されたものとしても、税関は課税価格を決定するについて、そのインボイスに記載された価格に拘束されるものでないから、虚偽のインボイスを提出したのみでは関税逋脱罪は成立するものではなく、逋脱罪が成立するためには、申告価格を偽わるのみではなく、そのほかに、貨物自体に加工するとか、或いは品名を偽わる等の詐欺的行為が行なわれなければならないのであつて、そのような事情のない本件においては、単に虚偽申告罪が成立するにすぎないというのであるが、なるほど、関税定率法四条二項及び三項の各規定によれば、輸入申告に際し提出された仕入書その他の書類が課税価格を決定するについて、必ずしも税関職員を拘束するものでないことは所論のとおりであるけれども、さきに認定した如く、関税を逋脱する目的をもつて、輸出業者との話合で、ことさらに実際の契約価格よりも低額の価格を記載した内容虚偽のインボイスの送付を受け、輸入申告をするに際し、これを税関に提出する行為は、関税職員をして関税の査定を誤らせる積極的な行為で、関税法一一〇条一項一号にいう「詐欺その他不正の行為」に該当するものというべきであり、右インボイスが税関職員に対し拘束力を有するや否やは犯罪の成立に消長を来たすものではないから、右所論も採用しがたい。また、各所論は、原判決別表(二)に記載の取扱貨物の価格は鑑定価格によつても二一、六八一、〇七三円で、同期間中の被告会社の取扱にかかる輸入総額四億一千万円の一部であつて、逋脱したといわれる関税は一ヶ月平均一九、〇五三円に過ぎないところからしても、被告人〓が関税の逋脱を計画的に企てるとは到底考えられないというのであるが、原判決認定の逋脱にかかる貨物の価格及びその関税額の寡少であることをもつて直ちに逋脱の犯意がないとはいわれないから右所論も採用しがたい。なお、弁護人岡本徳は被告人〓の司法警察員及び検察官に対する供述調書の任意性及び信用性を争うけれども、警察官の被告人〓に対する取調は昭和三九年五月一二日から同年一一月三〇日までの間に八回にわたり不拘束の状態で行なわれていることは記録に徴し明らかであり、その取調に当つた原審証人島崎種治の証言によれば、被告人〓に対する取調に当つては、同被告人の健康状態に留意して取り調べ、誘導、強制により、自白を得たものでないことが認められ、被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書の内容を検討してみても、誘導、強制により偽りの供述をしたものと疑う点は認められないから、その任意性に欠けるところはなく、かつ、十分信用することができる。右所論は結局原審が適正にした証拠の取捨選択、価値判断を論難するにすぎないから、採用の限りではない。そして、その他記録を精査しても、原判決には所論の如き事実誤認、法律解釈の誤りはないから、論旨はいずれも理由がない。

弁護人岡本徳の控訴趣意第三について

論旨は、原判決は、原判示第一の(二)において、(一)神戸税関が被告会社の申告価格を適正、妥当なものと認めて輸入許可を与え課税処分をし、その課税処分が取り消されていないにも拘らず、上級官庁でない大阪税関の見解を採り入れ神戸税関に提出したインボイスを虚偽のものと認定し関税を免れたとしたのは納得できない。また、(二)原判決は神戸税関兵庫埠頭出張所等の税関職員をして輸入価格及び関税の決定を誤らせたと判示しているが、これは第三者である大阪税関の一方的な主張を採用したもので、肝腎の神戸税関は課税処分を取り消しておらず、また同税関兵庫埠頭出張所の税関職員が輸入価格及び関税の決定を誤つたことを認めた証拠はないから、原判決は証拠に基づかないで神戸税関職員が関税の決定を誤つたと認定したのは違法である、との弁護人の弁論要旨に対し、これを排斥した理由を摘示しないのは理由不備の違法がある、というのである。

しかし、右所論(一)(二)の主張は、刑事訴訟法三三五条二項にいう法律上犯罪の成立を妨げる理由、または刑の加重減免の理由となる事実の主張とはいいがたいから、原判決がこれに対する判断を示さなかつたからといつて、理由不備の違法があるとはいわれない(さきに認定した如く、虚偽の価格を記載したインボイスを提出して輸入申告をし、その結果神戸税関職員が査定を誤つたものであつて、大阪税関職員の鑑定書により輸入価格を認定したことをもつて違法ということはできず、また神戸税関が課税処分を取り消していなくても、本件逋脱罪の成立に消長を来たすものではないから、右(一)(二)の主張自体も理由がない。)から、右論旨も理由がない。

弁護人岡本徳の控訴趣意第四について

論旨は、要するに、原判示第一の(二)の関税逋脱罪が成立するとしても、(一)追徴すべき犯罪にかかる貨物の価格に相当する金額は鑑定価格二一、九六七、四四一円と申告価格一八、三九一、五五八円との差額金三、五七五、八八三円であるから、貨物全体を犯罪にかかる貨物と解し、その価格に相当する金額を追徴した原判決は違法であり、ことに(二)原判決が命じた追徴金の中には被告会社が納付した関税金二、四八六、二四〇円が包含されているので、二重に課税されたと同様の結果となり違法である、というのである。

よつて、案ずるに、原判決が、被告人両名に対し昭和四二年法律第一一号附則八項により同法による改正前の関税法一一八条二項を適用して両被告人から金三〇、二一四、九九〇円を追徴していること、右金額は逋脱犯罪貨物についての犯罪時の国内卸売価格により算出されていることは、原判決及び大蔵技官鷹柳明雄作成の鑑定書、同人の原審における証言により認められ、右国内卸売価格には関税が含ましめられているから、右追徴金額中に被告会社が既に納付した関税二、四八六、二四〇円及び逋脱にかかる関税四五三、二八〇円を包含していることがうかがわれる。

しかしながら、前記関税法一一八条二項において、逋脱犯罪にかかる貨物を没収し、またはこれを没収することができない場合にその没収することができないものの犯罪が行なわれた時の価格に相当する金額を犯人から追徴すべき旨規定された趣旨は、単に犯人が現実に取得した不正の利益だけを剥奪せんとするに過ぎないのではなくして、むしろ、国家が関税法規に違反して輸入した貨物またはこれに代るべき価格を犯人において納付せしめ、もつて密輸入の取締を厳に励行せんとするに出たものと解すべきものであり(最高裁判所第一小法廷昭和三五年二月一八日判決、刑集一四巻二号一五三頁)、又同条項にいう「犯罪が行なわれた時の価格」とはそのものの犯罪が行なわれた時における卸売価格をいうものと解し、同条による追徴額には関税をも含ましめるのが相当と考えられるから、原判決が逋脱犯罪にかかる貨物の犯罪の行なわれた時の価格に相当する金額を追徴し、被告会社が輸入申告に際し納付した関税を控除しなかつたことは正当であつて、原判決にはこの点についても、所論のような違法は認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審の訴訟費用の連帯負担につき同法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

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